佐藤二朗が俳優になった理由。暗黒の時代からの転機。

演出、脚本、監督までこなせる俳優
今や大忙しの日々を過ごす佐藤二朗さん

20代には二度と戻りたくない暗黒の時代があったと言います。

子供の頃から役者になる運命だと信じていた

きっかけは小学校4年生の学芸会

「根拠もないくせに、自信だけはあった。馬鹿ですよね。」と
話す佐藤二朗さん。

小学校4年生の学芸会『お芋がこうして生まれました』という劇で
脇役のお芋を引率する猫の先生役を演じ

なぜか僕の台詞が台本の7割もあって。
喋るたびに、客席にいた保護者が笑ってくれたのが嬉しかったと言います。

佐藤二朗さんは、昔からドラマも好きでよく見ていて

子供の頃から役者になる運命だと信じていたと言います。

一方でなれるはずがないと否定するもう一人の自分がいた

そんな佐藤二朗さんは
将来は役者になるという揺るぎない自信がある一方、
なれるはずがないと否定するもう一人の自分がいて

無難に就職して余暇で芝居をやろうと考え
必死で勉強して信州大学の経済学部へ進学します。

20代は二度と戻りたくない暗黒の時代

卒業後はリクルートに就職したが
中途半端な気持ちの僕が、働きながら役者をやろうなんて甘い考えだと思い知り
1日で辞めたと言います。

その後2つの俳優養成所に通っていたが、劇団員にはなれず

2年後に再就職し、サラリーマン生活を送りながら俳優を目指し
27歳で養成所時代の仲間と演劇ユニット「ちからわざ」を旗揚げ。

仕事を終えると背広姿のまま稽古場に直行し、脚本と出演の両方をこなす生活。

「20代は心がボロボロで、二度と戻りたくない暗黒の時代です(笑い)」と
佐藤二朗さんは話します。

転機が訪れたは31歳です。

大きな転機は31歳,演出家堤幸彦さんの目に留まり、
ドラマ『ブラック・ジャックII』に無名の医師役で出演してから、
少しずつ活躍の場が増えていきました。

現在は数々の映画、ドラマで活躍や映画『memo』で監督・脚本も務めたり
8月9日公開の映画『ライオン・キング』では
プンバァの吹き替えを担当など大活躍です。

佐藤二朗さんは「世の中、それほど捨てたものじゃない。
僕みたいな男でも、努力すればたくさんの人に助けてもらって、
役者になることができましたから」とコメントしています。

ネットでの反応は

二朗さんは本当に素晴らしい役者さんだと思う。

福田雄一監督の奥さんが、
二朗さんとムロさんは手放しちゃだめだと監督に言ったのは正しかった。
福田組にはなくてはならない役者さんだよね。

若い時、苦労したから、今の自分があるんでしょう。
99人の壁を破って身につけた演技、これからも活躍を期待します。

この人好きだなあ。
ヨシヒコで初めて見てからツボにはまったのでコメディ俳優で見てしまうが、
99人の壁でもそつなく番組を切り回してる。

リクルート1日で辞めるってすごい勇気。若さ故にできたことでもあるよね。
でもそのおかげで今があるんだものなー。すごいの一言に尽きる。

苦労しても世に出れない人が多い業界で、成功された事は良かったですね。
運と人柄があるのでしょうね。もちろん努力も。これからもご活躍楽しみにしています。

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